第四回TWS – Emerging2012 TWSーEmerging190 齋藤春佳

「思い出せる光景と思い出せない光景を見た地球から見える星も見えない星も公転しあっている、地球含め 」


会期:2012年8月4日(土)— 8月26日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

開館時間:11:00−19:00(入館は閉館の30分前まで)
入場料:無料
会場:トーキョーワンダーサイト本郷3F      

 

オープニングイベント   8月4日(土)  ・15:30−17:00 アーティスト・トーク 
                                                                ゲスト 蔵屋美香氏(東京国立近代美術館美術課長)
                      ・17:00−17:15 パフォーマンス「星座が星に分解、それまた神話、語られる瞬間」(出演:赤木遥、松縄春香、松本玲子)
                      ・17:00−19:00 交流会  

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作品名「思い出せる光景と思い出せない光景を見た地球から見える星も見えない星も公転しあっている、地球含め 」のロール紙には、作家が今まで見た物や事が思い出すことによって順不同に描かれています。
それを裏から見ると、ペンの滲みがドットになって現れます。
そのドットは、遠い過去の光景や近い過去の光景を描いたことによって現れたものであり、
それがロール紙の表面に一斉に見える状態は、遠い星(遠い過去の光)や近い星(近い過去の光)が夜空に一斉に見える状態と構造がよく似ています。

別々の時間をもち、なおかつ、重力と磁力によって形を保っているいくつものカセットテープのテープ部分が、五線譜の映像を通して一斉に壁一面に映写された時に流れる音楽があります。
それは音楽教師だった祖父が弾く、名の解らない、音楽です。
祖父が弾くピアノの音は、色んな遠さの過去に弾いたピアノの記憶が、なにかしらのメロディとして形作られ、現在に現れたものだと考えられます。
それは、また星の話になりますが、
地球上の眼球からたまたま同じ方向に見えるだけで実際には天体力学的な関係を持たないバラバラの時間を持った近い星や遠い星が、地球上の現在地から見ることによって、その時夜空の表面に星座を形作ることと関係が重なります。

星や思い出に限らず、私たちは、常に少し前に眼球に到達した光、過去の光を見ています。
見ることと時間の関係について言うと、
現在から見る過去が可能であることから、おそらく未来から見る現在は可能ですが、
過去からこのような現在が見えなかった様に、現在から未来を見る事は通常不可能です。エスパー以外は。
よって、時間軸における見る見られる関係は不可逆です。
ですが、空間を介した時間軸における見る見られる関係は一定しません。
例えば、地球上の見る主体aが死んでしまった後、別の星から主体bが地球を見た時、主体aが死ぬ前の光景が主体bへ届く事は、本当に可能です。
そのできごとはどこかの主体にとっては未来であり、また、過去であります。
つまり、時間軸における見る見られる関係は、不可逆というより、一見不可逆なのだと思います。

例えば、主体としての祖母が孫を忘れてしまっても、主体としての孫は彼女のことを覚えているし、
しかしまた、どの主体も覚えていることを段々と忘れていきます。
けれど、地球上で主体aが消滅しても、別の星の主体bにとっては見ることによって存在するように
(または、存在する主体aが主体bに忘れられてしまっても、主体aは存在するように)、
瞑った目の内側で見える事はあって、
見えなくなっても見える事、耳が聞こえなくなっても聞こえる音、言葉を話せなくなっても弾けるピアノ、
すべてをすべての主体が忘れてしまっても、表面に現れる事は、あって、
今ここでこの瞬間は、本当に現れては消えてしまうけれど、やっぱり、本当には消えてしまわないと、考えます。

 

 

 

 

 

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